売れなければ給料ゼロ。高卒・借金100万円の工場員だった僕が、フルコミ営業で全国3位になるまで

この記事の目次

900人。

その日、僕が声をかけた人の数です。

ショッピングモールの通路に朝から立って、夜まで。

「こんにちはー!」

「どうぞー!」

「少しだけいいですか?」

結果、0件。

フルコミッション(完全歩合制)だから、売れなければ給料はゼロ。

以下、「フルコミ」と書きます。

900人に声をかけて、その日の稼ぎは0円。

夜、出張先のビジネスホテルに戻って、狭いユニットバスでシャワーを浴びながら泣いた。

「何やってんだろ、俺……」


こんにちは、とどろきです。

いきなり暗い話ですみません。
でも、僕の営業人生は、こういう日の連続から始まりました。

ざっくり自己紹介させてください。

僕はいま、フルリモートでSaaS企業の営業をしています。

でも、もともとは高卒で、人と話すのが怖くて工場を選んで、
休みの日はパチンコとスロット。
20歳で、100万円の借金まで背負った人間です。

そんな僕が、

売れなければ給料ゼロの営業に飛び込んで、
0件の日を何度も越えて、
全国約1,000人の中で3位になって、

23歳でリーダーになって、
今はAIを使って営業をしている。

この記事は、そういう話です。

・数字に追われて、毎日しんどい営業マン
・断られるのが怖くて、声が出なくなっている人
・新人が辞めていくのを止められないリーダー
・人と話すのは苦手だけど、営業に興味がある人

こんな人に読んでほしくて書きました。

15分くらいかかります。
長いです。

しかも、カッコいい話はほとんど出てきません。

出てくるのは、売れなかった日の話ばかりです。

今の僕

・フルリモートでSaaS企業の営業をしている。通勤はゼロ
・家で、自分のペースで働いている(12時間のシフトに縛られていたのに)
・AIで営業の仕事を効率化しまくって、周りから感謝されている
・自分でやったAI初心者向けの研修は、アンケートで受けた人全員が「満足」以上(5段階評価の平均4.8)
・営業管理職のとき、エンジニア経験ゼロでGeminiを使った研修の仕組みを作り、新人1人あたりの月の受注額を約17万円から約63.5万円にした(全社1位)
・フルコミ時代、入社1か月目のある週に、全国約1,000人の中で3位に入った(1位にはなれなかったけど、その後も何度か10位以内に)
・月の平均は40件ほど。いちばん良かった月は60件
・入社9か月、23歳でリーダーになった
・フルコミの4年間で20人ほどの新人に関わり、3人がリーダーになった

でも昔の僕は、こうでした↓

・高卒
・恥ずかしがり屋で、人と話すのが嫌で、「人と話さなくていいから」という理由で工場を選んだ
・工場で4年働いても給料は上がらず、将来に絶望していた
・休みの日はパチンコとスロット。お金も時間も、ムダにしまくった
・お金欲しさに投資話に騙されて、20歳で100万円の借金
・「一人でできるでしょ」と言われてやったら、ラインが止まった責任を押しつけられた
・フルコミ初日、ティッシュを50枚配って契約0件
・お客さんと話しても何も言えず、毎回リーダーにパス
・売れない日は「今日は客が悪い」と本気で思っていた

……どうでしょう。

だいぶ残念な感じですよね。

でも、こんな僕でも変われました。
だから、あなたにもできると思っています。


このブログで一番伝えたいこと

僕には、ずっと大事にしている言葉があります。

楽しむ人に、人はついてくる。

フルコミを始めたばかりのころから、
ずっと自分に言い聞かせてきた言葉です。

人と話すのが怖かったやつが
何を言ってるんだ、と思いますよね。

僕も思います。笑

でも、0件の日を何度も越えて、
たどり着いたのはこれでした。

売れない日ほど、顔がこわばる。

声が小さくなる。

話が長くなる。

そして、もっと売れなくなる。

逆に、自分が楽しんで話していると、
お客さんも楽しそうに聞いてくれる。

面接で「成果が出た一番の理由は?」
と聞かれたときも、僕はこう答えています。

「楽しむことです」

このブログでは、人と話すのが怖かった僕が、
売り場で楽しめるようになるまでの話を、ぜんぶ書いていきます。

では、少し時間を戻します。


1. 人と話したくなくて、工場を選んだ

僕は、恥ずかしがり屋で人見知りでした。
知らない人と話すのが、とにかく苦手。

だから高校を出たとき、就職先は工場にしました。

人とあまり話さなくていいから。
(いま思うと、ものすごく消極的な理由です)

入ったのは、トヨタ系列の会社。
生産ラインで、部品の検品をしていました。

社会人になった僕は、かなり燃えていました。

「よっしゃ。ここから社会人頑張って、金をためて良い暮らしをするぞー!」

入社したばかりのころは、
やる気があって、初めてのことがいっぱい。

毎日が充実していました。

「おお、社会人っていいなあ」

自分で働いて、給料をもらって。

やっと大人の仲間入りかぁ。
1日1日を噛み締めていました。

2. 1日2,100回、同じ動き

しかし……。

やる気に満ちあふれていたのは、
入社からほんの数か月のこと。

半年たったころには、仕事もある程度覚えて、
一人でこなせるようになりました。

毎日やっていたのは、
こういう仕事です。

ラインには、

1個およそ1キロの部品が、
1時間に600個流れてくる。

1回に3個ずつ確かめるから、1時間で200回。

勤務は2交替の12時間。

休憩の90分を引いて、10時間半。

1勤務で、約2,100回。

4日続くから、4日で約8,400回。

同じ動きを、ひたすら繰り返す。
しかも、2つのラインを1人で見ていました。

朝。

昼。

昼休み明け。

夕方。

引き継ぎの前。

どこかで必ずトラブルが起きる。

こっちを直すと、あっちが止まる。
あっちを直すと、こっちが止まる。

一日中、走り回っていました。

3. 「一人でできるでしょ」

ある日、不良品を確認する作業を任されました。
本当は2〜3人でやる作業です。

でも、言われた言葉は

「一人でできるでしょ」

言われたとおり、1人でやりました。

当然、稼働時間にロスが出る。

そしたら今度はこう。

「なんでこんなに止まってんの?」

……は?

「一人でやれと言われてやったのに、それはないっしょ……」

設備のトラブルが起きた日もあります。
自分にできることは、5分でやり尽くした。

すぐ班長に連絡した。

でも班長にも原因が分からず、20分。

保全への依頼が遅れて、
ラインは1時間半止まりました。

あとで班長が上に出した報告は、これです。

「作業者の報告遅れで」

で、僕が上司に叱られる。

「は、できることやって、すぐ報告しただろ!」

「人に擦りつけるのがうまいな、ここの人たちは」

「理不尽にもほどがある」

もちろん、声には出せません。

4. パチンコ・スロットと、100万円の借金

プライベートは、パチンコ三昧。

スロットにもはまりました。

お金も、時間も、
どんどんムダになっていく。

仕事では、次にやりたいこともない。

お先真っ暗。

会社で一生、奴隷のように働くのか?

パチンコしまくって、不健康になって、早死にするのか?

どうすりゃいいんだ……。

完全に人生の迷路にハマって、抜け出し方が分からない。

もう、諦めかけていました。

そして20歳のとき。
お金が欲しくて、投資の話に乗りました。

騙されました。

残ったのは、100万円の借金です。

工場の給料で、100万円。

この借金を返すためにも、稼がないといけない。

でも、このまま工場にいても、給料は上がらない。

同じころ、ネットビジネスというものを初めて知って、
ブログを作ったこともあります。

でも、全く成果が出なくて、すぐに諦めました。
(そんな僕が、いまこうしてブログを書いています。笑)

5. 「この生活が、あと40年続くのか?」

そんな毎日の中で、
あることを考えるようになったんです。

「この生活が、あと40年くらい続くのか??」

工場に来て、12時間働いて、
休みの日は特にやりたいこともなく、ダラダラと過ごす。

ん??

本当にこの生活を、あと40年くらい続けられる??

いやいやいやいやいやいやいやいや。

無理でしょ!笑

数年後には辞めてるよ。

仕事が楽しいかと言われると、
そうでもないし。

やりがいがあるかと言われると、
やりがいもないし。

でも、じゃあ自分に何かやりたいことがあるのか?
と聞かれると、

んー。ないなあ。笑

結局、そこで働き続けるしかありませんでした。

先輩たちとも気軽に話せるようになると、
今度は将来の現実を知ることになります。

「結婚したら大変だぞ」

「俺の小遣い、月1万なんだよねえ」

「若いうちに貯金しとけよ」

「昇級すると、鬼のような仕事量で大変だぞ」

将来への不安をあおるように、
一気に現実を突きつけられました。

結婚したら大変……?

お小遣いが月1万……?

仕事量が増える……?

となると、いったい何のために働くんだ??

全く、将来が見えなくなりました。

ある日。

ラインに立ったまま、ふと周りを見た。

先輩たちが、黙々と手を動かしている。
腰や手首を痛めながら働いている人もいる。

ゾッとした。

「この人たち、そこまでして働いて大丈夫なんだろうか」

「俺も将来、こうなっていくんじゃないか」

超不安になりました。

もう一つ、
ずっと引っかかっていたことがあります。

僕は、誰よりも効率よくラインを
回しているつもりだった。

でも、評価はいちばん低い。

給料は年功序列。

なんで、自分が一番給料が低いんだろう。

そこで、社会人の現実に気がつきました。

自分の能力も、技術も、できることも関係ない。

所属している年数が経てば、
勝手にポジションが上がって、給料も上がっていく。

どれだけ頑張っても、変わらない。

元号が令和に変わった日、本気で思いました。

「今のままじゃ、時代の波に飲まれる」

6. 「このコロナ禍で辞めるのは考えられない」

12時間働いて、帰って、
寝て、また12時間。

休みの日を全部使っても、
自分の時間が足りない。

それに、借金もある。

この給料のままじゃ、
100万円を返し終わるのがいつになるのか、
見当もつかない。

このまま同じ場所にいても、何も変わらない。

2020年の秋。

上司に言いました。

「会社を辞めたいです」

返ってきた言葉は

「ここまでやってきて、もったいない」

「このコロナ禍で辞めるのは考えられない」

上司だけじゃありません。

親にも言われました。

「なんで辞めるの?」

大手の会社で、安定してるのに、なんで。

……ですよね。

僕が逆の立場でも、たぶん同じことを言います。笑

超不安でした。
安定した給料を捨てるんだから。

でも、周りと同じことをしていたら、
周りと同じ人生になる。

周りと違う人生がいいなら、
周りと違うことをするしかない。

不安しかないのに、この先どうなるのか、

ちょっと楽しみでもありました。

最後に、上司はこう言ってくれました。

「自分の人生だから、止めることはしない。これからも頑張れ」

この一言は、今でも覚えています。

7. 自由になりたかった。フルコミ初日、ティッシュ50枚

工場を辞めた僕が選んだのは、
ショッピングモールの催事で商品を売る、
フルコミッション(完全歩合制)の営業でした。

ブースを出して、通りかかる人に声をかけて、
話を聞いてもらって、その場で契約をもらう。

売れなければ、給料はゼロ。

人と話すのが苦手なやつが、
なんでよりによってそこに行くのか。

一番の理由は、

「経営者」になりたかったからです。

経営者になって、
自分の選択肢を増やしたかった。

超自由に過ごしたい。

旅行に、ゆっくり行きたい。

その瞬間に、好きなことをしていたい。

工場にいたら、どれも無理でした。

何ひとつ、
自分で決められなかったから。

働く時間は、
12時間のシフトで決まっている。

給料は、
年功序列で決まっている。

どれだけ頑張っても、
明日も来年も、同じ毎日。

フルコミは、その真逆でした。

売れなければゼロ。

でも、売った分だけ、
青天井で稼げる。

いつ、どれだけ頑張るかは、
全部自分で決められる。

借金100万円を抱えていた僕にとって、
これは大きかった。

稼がないと、返せない。

面接に行ってみると、
その会社には独立を支援する仕組みがありました。

結果を出せば、
自分の事業を持てる。

ここなら独立もできる。

よさそうだ。

経営者を目指すなら、
ここしかないと思いました。

もう一つは、工場で働くうちに、
コミュニケーションって大事だなと身にしみたから。

どうせなら、自分の力になって、
人と話せる人間になりたかった。

「営業しかない」

と思いました。

初日。

何をするのかも、
よく分からないままショッピングモールに行きました。

最初の仕事は、
ティッシュ配り。

緊張しながら、
通りかかったおばあちゃんに。

「こんにちは」

笑顔で、手元に

「どうぞ」

「はーい」

……受け取ってくれた!

たった1枚のティッシュ。

でも、めちゃくちゃうれしかった。

その日、配ったティッシュは50枚くらい。
何人かとは話せました。

でも、何を言えばいいか分からない。

「詳しい人がいるんで~」って言ってパス。

また、パス。

話せても、全部リーダーにパス。

契約は0件。

一緒に入っていた3人くらいは、
みんな契約を取っていました。

すごいな……。

僕はブースの後ろで、
みんなのトークを盗み聞きしていました。
(いま思えば、あれが僕の最初の研修です)

緊張はずっとあった。

でも、帰り道に

経営者になるために、頑張ろう。

そう決めた

8. 入社1か月で、全国3位

研修が終わって、
1人の営業としてデビューしました。

最初の5日間で声をかけたのは、1,462組。
契約は、5件でした。
(この5日間の話は、別の記事にまとめています)

デビューしてすぐ、目標の日付を決めました。

リーダーになる日。
チームリーダーになる日。
マネージャーになる日。
オーナーになる日。

そして、こう決めました。

「ここで結果を出して、自分の市場価値を上げてやる」

工場では、何年いても給料は変わらなかった。
でもここなら、頑張った分だけ、自分の価値が上がっていく。

……なかなか熱いですね。笑

でも、本気でした。

入社してから、ずっと叩き込まれていたことがあります。

それは
トップの人のセールスを、完コピすること。
出来ている人を真似すること。

トークだけじゃない。

リアクション。

声のトーン。

ジェスチャー。

商品の知識も、他社の商品との違いも。

朝早く起きて、

お昼休みも、

家に帰ってからも、

できるようになるまで、
自分の時間を全部注ぎました。

初日にブースの後ろで
盗み聞きしていたトークを、
本気で自分のものにした。

1件、また1件と、
件数を重ねていきました。

そして、入社1か月目のある週。

全国約1,000人の営業の中で、3位に入りました。

知ったのは、毎月配られる、
前の月のランキングのチラシです。

自分の名前が、3位にある。

「俺でもできた!」

初日に、話せても
全部リーダーにパスしていた僕が、です。

でも、まだ1位じゃない。

絶対、1位になってやる。

……そう思っていたのに。

9. 1日900人に会って、0件

3位に入ったあと、
待っていたのは、

取れない日々でした。

0件の日は、何度もありました。

1日900人に会いにいって、
0件だった日もある。

売れないと、自信がなくなる。

いつもどおりにやっても、

「どうせ出ないだろ」

そう思い始める。

すると声かけが弱くなる。

最後のひと押しも弱くなる。

断られるのが怖くて、話が長くなる。

言わなくていいことまで喋る。

で、また売れない、、、

月の半分は、全国の催事を回る出張です。

出張先のビジネスホテルで、
シャワーを浴びながら泣いたのは、そういう時期でした。

「何やってんだろ、俺……」

それでも、次の日も売り場に立ちました。

この悔しさを、バネにしてやる。

このころの僕は、
売れない理由を外のせいにしていました。

「今日は客が少ない」

「客の質が悪い」
(いや、客のせいじゃない)

冷静に見直したら、原因は僕でした。

いつの間にか、完全に自己流

あれだけ叩き込んだ完コピが、崩れていた。

お客さんのことを考えずに、
自分が話したいことだけ話している。

そんなとき、
一緒に入った仲間にアドバイスをもらいました。

「できてる人を、真似しよう」

原点に戻って、売れている人の接客を、
もう一度ひたすら真似し続けました。

それと、一段ずつ戻りました。

まず、
声をかけるだけ。

次は、
指で案内するだけ。

それができたら、

次。

そして、一
段できるたびに自分を褒める。

声をかけられた。えらい。

足を止めてもらえた。えらい。

座ってもらえた。えらい。

この立ち直り方を甘いと思いますか?

0件が続くと、
それくらいしないと続けられないんです。

そうやって、少しずつ、
取れない時期を抜けていきました。

……結局、1位にはなれませんでした。

でも、そのあとも何度か、
全国10位以内には入り続けました。

でも、やり方を覚えたあとに
一番効いたのは、テクニックじゃなかった。

楽しむこと。

冒頭に書いた

「楽しむ人に、人はついてくる」は、

ここから来ています。

10. 23歳のリーダー

入社9か月。

夜のミーティングで、
社長からリーダーになることを告げられました。

ずっと目指していたポジションです。

めっちゃ嬉しかった。

これで、人を育てられる。

そう思うと、もっと嬉しかった。

23歳。

社内で2番目くらいに若かったと思います。

ちなみに、デビュー週に決めた
「リーダーになる日」からは、半年以上遅れています。笑

リーダーになって、仕事が一気に増えました。

求職者を、職場見学に連れていく。

採用の面接に同席する。

入ってきた新人の研修をする。

自分が売るだけじゃなく、
人を見る仕事が始まりました。

でも、最初からうまくいったわけじゃありません。

まず、年上のメンバー。

あ、舐められてるな、
と感じたこともあります。

言葉で何を言っても、伝わらない。

だから、結果で見せ続けました。

売り場で、誰よりも取る。

そのうち、年上の人のほうから聞かれるようになりました。

「どうやったら取れるようになりますか?」

次に、新人。

リーダーになりたてのころ、
僕は仕事を教えることしか考えていませんでした。

仕事、仕事、仕事。ずっと仕事の話ばっかり、

気づいたら、新人との間に距離ができていた。

どうしたらいいか分からなくて、
先輩に相談しました。

言われたのは、

仕事の話の前に、自分がどんな人間かを話すこと。

なんでこの仕事を始めたのか?

できなかったことが、できるようになった話

趣味の話

休みの日に何してるか。

トークを教育するときにも、
自分がダメだったころの話を入れるようにしました。

そしたら、徐々に
新人が本音で話してくれるようになった。

育て方も、先輩と
ご飯に行ったときに教わりました。

まずは新人の動きを見る。

自分のやっている姿を見せる。

気づいてもらう。

やってもらう。

僕自身、しっかりやっても
取れない日を何度も経験しています。

だから、取れない人の気持ちは分かる。

分かったうえで、
「でも、頑張るのは大事だよ」と言い続けました。

職場見学や面接でも、
僕は必ず自分の話をしていました。

ただ、自分の話をするだけだと、
「この人すごいな」で終わってしまう。

だから、相手の立場に合わせて、
相手の頭の中で場面が浮かぶように話す。

売り場で覚えた話し方が、そのまま使えました。

11. 20人育てて、10人は続かなかった

フルコミの4年間で、
20人ほどの新人に関わりました。

前の仕事は、みんなバラバラです。

パチンコ店員

ホテルスタッフ

工場勤務

営業は初めて、という人がほとんどでした。

元パチンコ店員の27歳の男性は、1か月で20件。

元ホテルスタッフの22歳の女性は、3週間で週10件。

元工場勤務の32歳の男性は、
最初の1か月、1件も取れなかった。

でも、そこから週6件取れるようになりました。

最終的に、
3人がリーダーになってくれました。

一方で、10人くらいは続きませんでした。

最初の1件は、
みんな取れるんです。

続かなかった理由は、
売れないことより、働き方でした。

月の半分は出張。

ホテルに泊まりながら、全国の売り場に立つ。

その生活についてこられない人がいました。

稼がせてあげられなかった人もいます。

出張は、2〜5人のチームで行きます。

だから、チームで1週間を
乗り切るやり方を決めました。

「自分の会社のつもりで行こう」

1週間の件数の目標と、
取り組みの目標を、最初に決める。

毎朝、それを確認してから売り場に出る。

売り場が終わったら、宿でミーティング。

それでも、全員は残せませんでした。

12. いつの間にか、営業が「作業」になっていた

チームの数字を、
売り場の工夫で伸ばしたこともあります。

それまでは、
ティッシュだけで声をかけていました。

3人でブースに立って、
1時間に連れて来られるのは12組くらい。

平日はシール、
土日は家族連れが増えるから
風船に変えた。

ブースにお客さんが1人でもいると、
次の人が寄ってきやすい。

だから、ブースを空にしない。

1時間に連れて来られる人が、25〜30組に。

3人体制の1日の最高件数は、8件から13件に。

1週間の最高は、48件から59件に。

人が少ないホームセンターでは逆に、
1人にかける時間を1〜3分から5〜10分に伸ばした。

1日平均2件の店で、
3件取れるようになりました。

でも、できるようになると、人は慣れる。

リーダーになって半年ほどのころ、
気づいたことがあります。

僕の営業が、
「作業」になっていた。

70〜80%の力で、なんとなく回す。

「どうせNOだから、効率よく」

目の前のお客さんを見ずに、
YESが来るのを待つだけ。

売れないときは怖くて話が長くなって、

売れるようになったら、
今度は手を抜き始める。

……人間って、めんどくさいですね。

13. 何もできなかった僕が、急成長できた場所

フルコミで過ごしたのは、約4年間。

週6日、1日8時間。

月に約210時間、売り場に立ちました。

じっくり話を聞いてもらえた人は、
1日に30人くらい。

1か月で、約800人。

1年で、1万人近く。

やってきたことは、シンプルです。

全国の催事を回って、声をかける。

断られても、次の人に声をかける。

トップの人のトークを、
声のトーンまで完コピする。

取れない日は、
一段ずつ戻って立て直す。

リーダーになってからは、
新人を育てる。

そこで身についたものは、
今も僕の仕事の土台です。

人見知りだったのに、
知らない人と話せるようになった。

断られても、
次の人に声をかけ続ける粘り。

早く喋るんじゃなくて、短く話すこと。

相手の頭の中に
場面が浮かぶように話すこと。

そして、人を育てること。

僕の人生のバイブルも、
仕事の基準も、
すべてフルコミ営業から学びました。

まじで何もできなかった僕が、
急成長できた環境でした。

けど、離れることを決意しました。

もっと、組織を動かしていきたい。

毎月、数十人を一気に教育して、
稼がせてあげたい。

そう思ったからです。

不安もありました。

ずっとフルコミだったから、
会社員に戻るのは久しぶり。

組織の中で、ちゃんと働けるのか。

14. 支社の立ち上げ。研修は5日間だけ

次の仕事は、

Web制作会社の営業管理職でした。

電話でアポを取る、
インサイドセールスのチームの管理職です。

入社したのは、
新しい支社の立ち上げ要員として。

まず東京で2か月研修を受けて、
それから支社がオープンしました。

東京の研修では、
商品を覚えるのに必死でした。

通勤中も、イヤホンで、アポが取れた電話の録音や
商談の動画をひたすら聞いて覚えた。

任されたのは、新人の研修と、
研修が終わってからの1か月のマネジメント。

新人の子たちが、
ちゃんと稼げるようになるまで見る役です。

支社がオープンした春は、
とにかく人を採る時期でした。

多い月は、20人以上が一気に入ってくる。

ほとんどが営業未経験です。

それが5月からは、
採用を絞って「少ない人数で成果を出す」方針に変わりました。

研修は毎月、
全社共通で5日間だけ。

5日でアポが取れるようにしないといけない。

いや、5日って。

座学を減らして、
実際の電話を想定した練習を増やしました。

商材のインプットからツールの使い方まで
できる限りのことは教えました。

1日の行動量の最低ラインは、
70コールから85コールに上げた。

どうやったら、みんなが早く成果を出せるか。

ひたすら考えていました。

それが、AIの登場で劇的に変わりました。

それまでは、ChatGPTなどを私生活で使っていた程度。

でも、会社で生成AIのGeminiが
使えるようになって、
仕事で活用できるようになった。

ビビりました。

エンジニアの経験は、ゼロです。

それでも触っているうちに、
仕組みが作れるようになった。

最初に作ったものが動いたとき。

「めっちゃすげー!」

AIを使いまくったら、
仕事はもっと楽になる。

そこから、どんどん作りました。

1つ目は、電話の前の準備。

未経験の新人がいちばん困るのは、
「何を話せばいいか分からない」こと。

そこで、電話をかける会社に合わせたトークを、
AIが作ってくれる仕組みにしました。

相手の会社を調べる時間も、
6分かかっていたのが3分以内に。

2つ目は、案件の管理。

それまで手作業で確認していた
案件の管理を、ツールにしました。

管理の手間は、9割減りました。

3つ目は、電話先のリスト。

過去にアポが取れた会社の傾向をAIに読ませて、
アポが取れやすい会社の条件を作らせた。

12月は、
取れたアポの全部が、
このリストからでした。

作った仕組みを使ったメンバーからは、
こんな声をもらいました。

「1件の電話の準備に30分ほどかかっていたのが、3〜5分になった」

「過去の案件をさかのぼって台本を作るのに
最低15分かかっていたのが、2〜3分で終わるようになった」

「30分以上の効率化になった」

新人研修でよく出る質問も、
NotebookLMに答えさせるようにしました。

新人研修とは別に、
AI初心者向けの研修もやりました。

Geminiの基本、NotebookLM、Gem、スマホでのAIの使い方。

受けてくれた人のアンケートでは、
全員が「満足」以上。5段階評価の平均は4.8でした。

AIで効率化して、浮いた時間は、
ぜんぶ新人へのフィードバックに回した。

未経験の新人は、
「なんで断られたんだろう」から分からない。

電話の相手は、
会社の社長さんです。

「社長さんのこの言葉は、本当はこういう意味なんだよ」

言葉の裏にある意味まで、
一緒に確かめていきました。

売り場で覚えたことを、
電話の営業に置き換えて。

そして8月。

7人の新人が入ってきました。

その月、新人たちで4件の受注。
金額にして約430万円。

新人1人あたりの月の受注額は、
4月に入った人たちの約17万円から、約63.5万円に。

全社で1位でした。

それからも、入社1か月目の新人チームだけで、
支社の売上の1〜2割を毎月作れるようになりました。

失敗もあります。

入ってきた新人が、
何人も辞めてしまった時期がありました。

振り返ると、
気持ちのケアが足りていなかった。

だから、そこを変えました。

それからは、2か月続けて、
入った新人が1人も辞めませんでした。

会社全体では、
3割ほどが辞めていた時期です。

フルコミ時代、10人くらいを残せなかった僕が、です。


AIを営業で使うと、こうなる。

AI初心者向けにやっていた研修を、
動画4本にまとめました。

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すべて無料で全部見られます。

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15. 「うそでしょ」

ある日、支社が閉鎖されることを知りました。

正式な発表の前に、
たまたま知ってしまった。

「うそでしょ」

最初は、信じられなかった。

知っていたのは、数人だけ。

その数人で、終電まで話しました。

「これからどうする?」

「ずっとこの会社で働き続けなくていいのは、よかったね」

口ではそう言って、開き直っていました。

でも本当は、
めちゃくちゃ不安だった。

支社がなくなる以上、
転職するしかありません。

16. もう一度、現場へ

これからどうするか、
もう一回考えました。

管理職として、
メンバーを後ろから見ていた1年。

アポが取れたときの、あの喜び。

受注が決まったときの、あの熱。

見ているだけで、いいなと思っていました。

そうか。

僕はもう一回、
現場で営業がしたかったんだ。

それと、AIを使えば
1人の営業の力を何倍にもできる。

それを、自分の手で確かめたかった。

今は、フルリモートでSaaS企業の営業をしています。

通勤はゼロ。

家で、自分のペースで働いています。

12時間のシフトに縛られていた工場時代からは、
考えられない毎日です。

売り場で覚えた型と、
AIを組み合わせながら。

AIで仕事の手間を減らす仕組みを作っては、
周りから感謝されています。

人と話すのが怖くて工場を選んだやつが、
今は毎日、人と話す仕事をしています。

17. これから目指していること

僕の目標は、

経済的な自由と、
精神的な自由を手に入れること

です。

時間も、場所も、お金も気にせずに、
やりたいことをやれる状態。

でも、今はそこに向かって
一歩ずつ進んでいます。


最後に

ここまで読んでくれて、
ありがとうございます。

15分、長かったですよね。

工場で1日2,100回同じ動きをして、

ティッシュ50枚配って0件で、

20歳で借金100万円を背負って、

900人に声をかけても0件だった僕でも、

楽しめるようになったら、
人がついてきてくれました。

やりたいと思ったことには、
どんどん挑戦してほしい。

失敗は、必ずします。

そのときは苦しい。

でも、失敗はいつか必ず、
あなたを強くしてくれる。

0件の日ばかりだった僕が、そうでした。

このブログでは、
これからも売れなかった日の話を書いていきます。

0件の日に何を考えていたか。

断られたとき、
どう返していたか。

新人が辞めないために、何をしたか。

AIで、営業のどこをラクにしたか。

明日の売り場や電話で、
そのまま使える話だけ書きます。

営業で悩んでいる人。

営業がつらいと感じている人。

営業で稼いでいきたいと思っている人。

そういう人たちの
支えになれたらいいなと思って、
発信していきます。


LINEで受け取れるもの

AIを営業で使うと、
何がどう変わるのか。

管理職をしていたころ、
新人研修とは別に、
AI初心者向けの研修をやっていました。

その内容を、
研修動画4本にまとめています。

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ブログに書けない売り場の裏話も、
LINEで送っています。

AIを営業で使う研修動画4本を、LINEでプレゼント中

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追伸

この記事に書いた場面は、ひとつずつ別の記事でも詳しく書いていきます。

デビュー週の1,462組の話はこちら。

【デビュー週。1,462組に声をかけて、YESは5件】

売り場で覚えた「型」は、こちらにまとめています。

【売り場で覚えた型(別記事)】

工場で「一人でできるでしょ」と言われた話はこちら。

【「一人でできるでしょ」と言われてやったのに、止まった責任は僕のせいになった話】

この記事を書いた人

とどろき

とどろき

高卒・借金100万円の元工場員。人と話すのが怖かったのに、フルコミ営業で全国約1,000人中3位に。23歳でリーダーになり、20人ほどの新人を育てる。今はフルリモートでSaaSの営業をしながら、AIで営業をラクにする方法を発信中。

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